
メルとのお散歩タイム・・・・その日の空をカメラに収めることが、私に癒しをくれている。

カメラの腕前は自慢できたものではないけれど、ただひたすらに自己満足の世界だけれど、雲が作り出す模様が、心にいろいろな感情を届けてくれるのがたまらなく気に入っている。
カメラに収めている間、メルも、一緒に見上げて待ってくれるのも、たまらなくいとおしく、癒しをくれる気がする。

クライアントさんやそのご家族の方から、お礼状や近況の手紙をいただくことが増えている。メールではなくお手紙・・・・。なんだか、心がぽかぽかして、うれしくなる。
元気にされているご様子を伝えていただくと、とてもうれしく、手紙の一通一通が宝物。
お返事を出したい気持ちがあるものの、なかなかお返事が出せずにいる。
自分が手紙をいただくとうれしいのに、このところ、自分は手紙というツールを使っていないなあ、と・・・・(..;)
手紙をいただいてうれしさに包まれると、同時に、手紙というツールを、ほんとうに、必要に迫られないと使わなくなっている自分に気づかされる。必要に迫られる、というのも、ほとんど、事務的な書類送付ばかり。
意見書を送付したり、何かの申込書や請求書を送付したり・・・・。手紙とはいえないねえ、郵便を使っているというだけだねぇ。
便せんに手紙・・・・とても大好きなものだったのに、連絡の手段のほとんどがメールになり、メールをしていない友などには、電話・・・・と、ここ長いこと手紙を書いていないなあ、と。
最近書いたのはいつだろう? ずいぶん記憶に遠い。
離婚と同時に、年賀状も廃止してしまった私は、長いこと、日本ならではの手紙という素敵な文化を使っていないなあ、、、、、と。
かつて、「Mさんからの手紙」で、Mさんがお手紙をくれていたときは、メールも電話も使えない場所に、お手紙の返事を出させていただいていたのが、私の手紙の記憶の最後かもしれない。その返事すら、毎回出せていなかった・・・・。
ほかの方のサポートが入られ、それからすぐにブログにも手紙が来なくなった今、その後は、手紙らしい手紙を書いた記憶が私には遠く久しい。
中学、高校の頃は文通に夢中になったっけ。
イギリスの子とも、エアメールで文通していたっけ。辞書片手に必死で手紙を書いたっけなあ。
毎日ポストをのぞいては、手紙が届くの楽しみにしていたあの頃。
メールの世界では伝わってこない、文字から伝わる、その人となり。
空を見上げながら、手紙を下さった方の空にもつながってるんだなあ、、、、お手紙ありがとう、とつぶやく。ただ、つぶやくだけだと伝わらないので、ブログにも書いておこう(笑)
お手紙ありがとう・・・・
久しぶりの友に、メールではなく、手紙を書いてみようかなあ・・・・。
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