| 被害を受けても、被害者になり続けないで欲しい | |
| 2008.03.25.Tue / 02:43 | |
| 取り急ぎ、頂くメッセージや鍵コメントに対するお返事にかえて・・・・。 MIXIその他でのメッセージ、ブログでの鍵コメントなど、ありがとうございます。なかなか、個人的にお返事は出来ませんし、そうした形でご相談に乗ることは出来かねますが、カウンセリングルームでいつでもお待ちしていますし、メッセージを頂くことは私自身、いろいろと考える機会を頂けていると感謝しています。 また、時間があるときにゆっくり書かせていただくつもりですが、ちょっと思いつくままにつらつら書いてみようと思います。 モラルハラスメントという言葉の広がりによって、自分の置かれている状況がわかった。 自分のこのなんともいえない、言葉にしようのない状況は「モラルハラスメント」というものだったのか、と気がついた・・・・。 被害を受けていたのだ、と気がついた、という方は多いと思います。 だれでもが被害に遭い得る。それがモラルハラスメント。 言葉の広がりは、多くの人が気づくために必要なことでした。しかし、言葉の広がりにより、昨今、行為によって「これはモラハラだ」と定義付けされる風潮が非常に強くなっており、チェックリスト的に、モラハラはこういう行為をする。こういうことをする。こんな酷い奴らなのだ、と語られ、真のモラハラが見えなくなってきている危惧すら抱いている私がいます。 モラハラという言葉を知り、自分の状況はこれかしら、と感じ、様々なサイトやブログを渡り歩いてみたが、多くの人が語っているような酷い仕打ちを受けていない。私はまだマシだから、モラハラではない。私の我慢が足りないのだと言う人も実は増えています。実は、そうした人の方が酷いマインドコントロールを受けており、本当の意味で被害者であったりする場合も非常に多いのです。そのために、被害の渦から抜け出さないままに状況が悪化し、心が非常に参ってしまって、そこで初めてカウンセリングを訪れられるというケースも増えています。 明らかな罵倒や嫌がらせの方が、本人も気づきやすく、自覚しやすいけれど、静かに静かに心をコントロールしていくサイレンとなモラハラの方が、実は非常に怖い、、、、そんなことを感じる私です。 モラハラという定義が行為で決められていくことは、実は、いろいろな意味で非常に恐ろしいような気がしています。(詳しくは次の機会に) また、被害を受けても、被害者であり続けないで欲しいと、私は繰り返し伝え続けています。 被害は誰でもが遭いうる・・・・しかし、被害者で居続けるのは、結局はその人の選択なのだと、言葉は乱暴に受け取られるかも知れませんが、思っています。 被害者であり続ける・・・・被害に遭い続けることによって、当然心が弱ってくる。当然、怒りや仕返したいという思いにおそわれることがある。 被害者で居続けてしまう人の中には、被害者から抜け出れない人の中には、その抜け出れない状況の心の渦を、逆モラハラと世間で呼ばれているように、被害者が加害者化してしまったりという状況を作り出しているのも確かです。 つまり、結果的に加害者たちと同じところまで心が至ってしまう。自分の心のしんどさを、相手を責める、攻撃する、という形で流し込んでしまう。 私は被害者だから、加害者を責めていい。 私は被害者で、相手に苦しめられてきたのだから、仕返していい。 もし、そう思っている人がいたとしたら、モラハラの連鎖で、あなたが加害者にならんとしていることに気づいて欲しいと思います。 モラハラ加害者も、かつてはどこかの時代、誰かの被害者であった、ということを思い出して欲しいと思います。 自分の今のしんどさを、心の回復を、加害者に向けることで解決し、快感を得るという学習を獲得しないで欲しいのです。 モラハラをする人は、たまたま 貴方をターゲットに選んだだけで、それは貴方でなくてもするのです。貴方に原因があったからしたというわけではないのです、、、、。確実に相手側の心の問題なのです。 私は被害を受けていた、、、その相手は自分の心の問題を私に丸投げしていた。自分の心の問題を自分で処理できない人だったのだ、と知ったら、その人との関係を絶つか続けていくか、貴方自身が選択していいのですし、選択したのなら、、、、断つ選択をしたのなら、加害者のことは忘れて、自分の人生に向き合うことが大切ですし、続けることを選択したのなら、加害者を責めたりすることで自分も加害者にならないように、なんのために共生を続けるのか、被害者にならずに、また加害者に変化することもせずに、共生する方法をしっかり見つめて欲しいと思うのです。 たとえば、何を言われても、責められても、彼は自分の問題を押しつけている、そうしないと生きていけないのだ、と考えられる強靱な心を貴方自身が持つか、あるいは、彼のそれを受け止めて、すくい上げて聖母マリアの如くに彼を受け入れていくことに幸せを見いだすか・・・・エトセトラ・・・・今の眠たい頭では、思いつきませんが(^^ゞ なんにせよ、目には目を、刃に刃を、、、では、何も解決しないし、前へ進めません。 そして怖ければ、離れればいい。離れれば他人です。 加害者の攻撃は貴方が原因であったわけではないのですから、離れた後の貴方は堂々と胸を張って新しい人生を歩くだけ、それだけでいいのです。 貴方は酷い人だ、あなたはモラオでどうしようもないヤツだ、とやり続ければ、かつての被害者であった彼らの心をさらに刺激して、彼らのモラハラという行為へ逃げる癖を悪化させるだけなのです。 彼らを責めるだけでは何もかわりませんし、悪化するだけ。(ただ調停や裁判での離婚の際、離婚事由にモラハラをあげる場合、その数年にあったことをあげる必要は出てきますが) 被害に遭ってきた数年よりも、この先を大事にして欲しい。 共生するために、自分が立ち直るために、時、ところかまわずに責め続けることにエネルギーを費やさないでください。 どちらが加害者で、どちらが被害者かわからないような、人間関係を続けていくことこそ、時間の無駄ではないでしょうか。 そんな人間関係は、自分さえ望めば、いつでも、断ち切ることが出来るものです。 断ち切るのに、相手次第で、時間がかかったり苦労が必要な場合もあるでしょうが、自分さえ望めば必ず断ち切れるのです。 もちろん、受けた被害に対する怒りや辛さはそのままでは辛いでしょう。そのためには、それらの感情を昇華させて行くべく、明日を見つめ、明日にパワーを活かしていって欲しいと思うのです。 そのために、大いにカウンセリングを利用してもらえたらとも思いますし、いつまでも被害に目を向け続けずに、明日に目を向けることこそ、昇華への近道であると思います。 自分の問題を自分で解決できずに、他者に押しつける弱い人。。。。それがモラハラだとすれば、あなたは彼らとは違う、強い人になって下さい。 加害者に自分の数年間の苦しみの責任をとってもらおうと思っても無駄と開き直ってください。それが出来る(責任をとる)ような強さを持っている人なら、このような状況にはならなかった。 新しい明日を作っていくことに、これまでの数年間を活かしていって欲しいと思います。 取り急ぎ思いつくままに、就寝前に、寝ぼけた頭で書いていますので、いい足りず、誤解を与える表現もあるかもしれませんが、、、、、。 また、ゆっくりと、この話題についてはじっくりと触れていきたいと思っています。 |
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